No.03 恋、故意 糸、意図

共同生活というものは『習慣』や『常識』と呼ばれるモチーフをいくつもつなぎ合わせた、いわばパッチワークのようなものだ。日々のパッチワークは続いてゆく。ほつれかけた糸があれば、その都度かがってやらなくてはならない。
今回もまた、ひとつちぎれかけたモチーフに針と糸を通さねばならなかった。しかし使おうと思って取り出した縫い糸を見て困ってしまった。最後に使った時に結んだ先がきつく固く、どうにもほどくことができないのだ。
こんなふうに何気なく結んだ糸が、うまくほどけないことがある。
それほどきつく結わえたつもりはなかったのに。ほとんど無意識に手を動かしてしまっただけなのに。その時点ではほどく時のことなど考えもしなかったから、うっかり固結びになってしまった。
そこまで考えて、いや、違うな。と自嘲した。
自分が先を考えない性分であるわけがない。無意識と言ってもそこに至るまでの意識の中で、この糸をほどく時はいっそ、刃物でも持ち出して結び目の手前で切り取って仕舞えば良い。そう考えていただけだ。
はてさてハサミはどこへやったか。探そうにも見つからない。そうだ自分は、このように糸を切ることすらしないだろうと。こうなることは起きないだろうと思っていたのだった。
それでも自分は縫い直したかった。このパッチワークは非常に不恰好で、なにひとつ美しくない。それでも直したい。例えちぎったのが自らの手であっても。けれど糸が、それを拒むようにきつく固い。
やはりだめなのだろうか。
「こりゃまたずいぶんこんがらがっちゃっとるねえ」
突然真横からにゅっと伸びた指先が、手元の糸を奪っていった。
「お前さんにしちゃ珍しいこともあるもんだ。こういうのはさ、ちょっと適当なくらいでいいんだよ。そしたら案外ポロッといくもんだ」
太い指先でいじくり回した固結びのそれは未だほどけそうにない。
それでも決してめげずに指先を動かしたモクマは口調に反して存外真剣な眼差しをしていた。
「モクマさん」
「うん?」
「あなたの糸を貸していただいても?」
そう問うと、その目の色から張り詰めたものが抜ける。口元をポカン、としてからやがて大きく笑った。
「もちろん。お前さんと違って俺はよく縫い直すからさ」
そうして渡された糸束はずいぶんよれていたけれど、そのくたびれた先はすんなりチェズレイの持つ針に通った。くるりと回して糸を伸ばし、そうしてちくりと生地を掬う。
共同生活というものは『習慣』や『常識』と呼ばれるモチーフをいくつもつなぎ合わせた、いわばパッチワークのようなものだ。日々のパッチワークは続いてゆく。
私の糸とあなたの糸で。そうして完成したものはどんな形をしているのだろうか。それは歪も濁りと重ねた二人で一つの生の形をしている——かもしれない。