小説1

No.17 大好きだよ

(好き)バキッ。(大好き)ガッ。ドッ。(好き)ズシャッ。(大好き)ドカッ。パキッ。わらわらと出てくる敵を使い慣れた杖でなぎ払い、急所を狙いのしていく。杖片手に私は敵の無駄にデカイ建物の中を突き進んでいた。幸い今の所敵は下っ端しかおらず一対一…

No.16 マジックアワー

待たせているのだろうな、という思いはあった。この南国で傷はほぼ完治と言える。痛みはもうあまり気にならないが、言い換えれば意識すれば多少は痛む。つまり、ボールはこちらに投げられている。私が望むなら彼はいつでも準備万端だろう。あとは気持ちがつい…

No.13 五分以上十分未満

足元から、生ぬるい風が吹いた。風は胸を撫で上げるように通り、最終的に髪を空に捧げるように散らす。風は潮騒の香りを伴って、チェズレイの美しい髪を弄んだ。モクマは、それをただ見ている。風にたなびく髪と、パラソルの下で物憂げに海を見つめるチェズレ…

No.12 未必のこい

「モクマさんとチェズレイ様は恋人同士なんですよね?」「は?」酒が入っていたグラスを思わず落としかけたモクマである。生憎今夜は済ませておきたい業務がありまして。二人で一杯やろうという申し出を相棒にそう断られたモクマは、彼の部下を二、三人程捕ま…

No.15 親からすればいつまでたっても子供は子供

夏の夜の紺青が、橙色の夕焼け空をゆっくりと侵していく。明確な境目を設けずに、交じり合った部分を淡い紫色に染めながら空を塗り替えていくこの時間は、ひどく穏やかに進んでいるように錯覚さえする。海沿いの道で車を走らせながら、モクマは時折視線をグラ…

No.11 恋をした化け物の末路

シャ…シャシャッ……よく手入れされたプラチナブロンドに、軽快に踊る鋏の音。調子の外れた鼻歌。サンルームの床に落ちた金糸が、午後の日差しに照らされて宝石のように輝いている。鋏の音が止まったと思ったら、白金を一房つまんでまるで大層大切な宝物を眺…

No.10 「こいのお味はいかほどかしら」

「こいのお味はいかほどかしら」※本編後、ヴ前、くらいのイメージのパラレル時空を想定しています。ミカグラ島の一件から一月程経ったある時期のことである。次なる征服計画のために、某国へとモクマとチェズレイは移動していた。空港に着き、地元のレンタカ…

No.09 戀

「お前さん、それなにしてるんだい?」す、と突然背後から腕が伸びてきて、思わず震えそうになった体を何とか抑えた。午後4時。そろそろ夕暮れの色が空を覆い、夜へと変わる狭間の時間帯。モクマさんのお母様の住まいからそう離れていないホテルの一室。よう…

No.08 勿忘草

※注意同道後、モクマさんが一時的に記憶喪失に陥っている描写を含みます。「…………0点。もう一度どうぞ」「ええ、これも違うかあ〜」かれこれ病室の個室で欲しい答えを貰えないまま、三十分はゆうに過ぎていた。モクマの頭部には包帯が痛々しく巻かれてい…

No.07 あまい恋の切れ味

ごくり、と喉の曲線が上下する。唇の内側では味わう舌が艶めかしく動いているのだろうと想像させる数秒。焦らすように吐き出された吐息はしっとりと甘いに違いない。芸術的とも官能的ともとれる絵画の中心で、絶世のモデルはモクマに笑いかけている。つられて…

No.06 やっぱり君が好き

モクマは己の全身を手のひらでバシバシ叩きながら青褪めた。(……ない!)しまっておいたはずの大事なものが見つからず、全身からドッと汗が噴き出す。午前中はチェズレイの表の事業での打ち合わせに同行し、昼から分かれて一日限りのショーマンとしての仕事…

No.14  l’amour c’est être stupide ensemble.

――あなたが囁いたのは、私の耳じゃなく私のハート。あなたがキスしたのは、私の唇じゃなく私の心。さり、とチェズレイの指がモクマの顎髭を撫でる。一日の終わりともなれば、朝に整えたはずの髭も無精髭候と言った姿に戻っていて、指先に抵抗感を覚えた。「…