ぱちぱちと、無音の映画館に拍手の音が響いた。スクリーンにはシンプルなスタッフロールが流れている。多くの人が関わった痕跡。ひとりひとりの人生が触れ合った痕跡。
「いやあ、見事だったね。最初は落ち着かなかったけども」
中央少し上。良席に腰掛けたモクマは言いながら後ろに視線を向ける。広々とした室内の整然とした座席には誰もいない。隣で笑むチェズレイの他には。
「貸し切りなんて初めてだけど、映画始まったらのめり込んじゃったよ」
「お気に召したならなによりです。舞台やコンサートなどの生であれば、客席に紛れることも堪えますが……権利さえ買えば上映できる映画であれば、こうやってあなたと二人がいい」
「へへ。ご指名ありがとね」
チェズレイは目線をスタッフの名前から離さない。つられてモクマは、真面目にスクリーンに向ける。映画を作った人々に敬意を、というのが律儀な相棒の考えたことなのだろう。気に入ってくれたらしい。
「しかし、何故このような映画を?」
「流行ってた時に見逃しちゃってさ。そういえば観たかったなあ程度だけど。新聞で監督の名前を見て思い出した」
モクマは中途半端な嘘を吐く。チェズレイは気付いているのだろう、ゆるく頷いた。観たかったと思った過去は無い。流行っていた時にモクマが感じたのは、恐怖だった。
「それは意外ですねェ……このようなおどろおどろしいミステリ、あなたが好むとは思えません」
「そうかい? おじさんだって探偵事務所でお茶くみしてたことあるよ」
「なんですその経歴は。それにこの作品は、ミステリというには非現実的だ」
チェズレイはまだスクリーンから目を離さない。モクマは観念し、チェズレイの横顔をただ見つめた。照らされる頬は月のように美しかった。
「主人公は前世の記憶と、その罪に苦しむ男。謎を解き明かそうとする男に近づく暗殺者。その顔は、自分が殺したはずの――」
「わーっ、ストップストップ! ネタバレ厳禁!」
二人きりでしょうに、とチェズレイは唇を尖らせる。モクマはそうでしたと頭を掻いた。
「そこまで筋書きがわかってるんだ。お前にも、わかるでしょ?」
「どうでしょう? 私はどうにもあなたの事となると、まるで恋を知らぬ生娘のように不慣れになってしまうので……」
「察しちゃくれんか」
手のひらで、チェズレイの手を覆う。平然と握り返された。
「ええ。甘やかしてはリハビリになりませんので」
「とほほ。三つ子の魂百まで、っても言うよ? そう簡単におじさんの性根は変わらんよ。ちいちゃい頃からこんなんだもの」
「残念ながら、我々には時間があります。次の幼児期に期待していますよ」
「次ねえ。いつになることやら」
エンドロールはまだ続いている。