No.11 恋をした化け物の末路

シャ…シャシャッ……
よく手入れされたプラチナブロンドに、軽快に踊る鋏の音。
調子の外れた鼻歌。
サンルームの床に落ちた金糸が、午後の日差しに照らされて宝石のように輝いている。

鋏の音が止まったと思ったら、白金を一房つまんでまるで大層大切な宝物を眺めるように目を細める相棒の気配に、おもわず笑いが込み上げる。
「ふふふ…手が止まっておいでですよ?」
「あ、ごめんごめん、つい、ネ!」
つまんだ束をハラリと戻し、再び鋏が楽しげなリズムを奏でだす。

モクマは、この時間がいっとう好きだ。
伸びる髪は生きた証、人間らしさの象徴。髪に鋏を入れる度、共に過ごした時間の長さを、共に生きて歳を重ねていること感じることができる。
時に浮世から離れしていると評される彼の、どうしようもなく人間らしい一面。自分がその一面を独り占めしているこの瞬間が、愛おしくて仕方なかった。
それこそ、隙を見つけてはプロの技を盗み見ての練習や、ガードの硬い相棒への根気強い交渉をクリアするという骨の折れる作業を乗り越えられるほどに。
それほど、相棒の髪を切るというこの大役を射止めることはモクマにとって重要であった。

「……っと、これでヨシ!」
肩についた細かな毛を刷毛で丁寧に払って2面鏡開き、背後の仕上がりを鏡の中の相棒に見せる。
「えー、コホン。仕上がりの確認をお願いいたします、お客様」
「んふふ…結構ですよ」
「それはそれは、ご満足いただけたようで恐悦至極でございます」

「それにしてもモクマさァん、あなたは随分と私の髪を切るのが好きでらっしゃる…」
鏡の中でご機嫌に目を細めるその目尻に刻まれた皺が、絶世の美男をより美しくする。思わず見惚れてしまうほど。
「……私が歳をとるようになったのは、貴方のせいなのですよォ?」
「ありゃりゃ、まだ何も言ってないんだけどなぉ」
「まったく、私を誰だとお思いで?裏社会を統べる不老不死の化け物ですよォ?」
「なあに言ってるの、お前さんは人間だよ、少なくとも俺の知ってる限りはね」

歳を重ねることを愛おしく思えるようになったのはいつからか。
2人の答えはきっと同じだ。