※注意
同道後、モクマさんが一時的に記憶喪失に陥っている描写を含みま
「…………0点。もう一度どうぞ」
「ええ、これも違うかあ〜」
かれこれ病室の個室で欲しい答えを貰えないまま、三十分はゆうに
モクマの頭部には包帯が痛々しく巻かれていてどうしても目を引い
アーサー、マイク、トム…………あ、ヘンリーとかどう? 違う? と、一人で呪文のようにあれでもない、これでもないとモクマは検
違います、と否定するたびに被りを振った首が痛くなってきた。こ
一縷の願いを託すように、もしかしたら次は正解がでるのかもしれ
「ごめんね、おじさん降参だわ。そろそろ教えてくれんか————
『記憶喪失』と、運び込まれた病院で医師に告げられた。「身体機
その日は、いつも通り二人でマフィアの大元を叩き、組織を解体さ
「————ッ………危ない、チェズレイ!」
強い衝撃で地面にぶつかった、否、モクマに突き飛ばされたと理解
隠れていた敵の攻撃を受けたモクマは、傷を負いながらも反撃で相
「————チェズレイ・ニコルズと申します。この名に聞き覚えは
「あー、ごめんね『チェズレイさん』」
モクマは頭を掻きながら笑う。その仕草は見覚えのあるものだが、
「ええっと、俺って………君とどういう関係だったの?」
家族じゃないよねえ、と申し訳なさそうに尋ねる彼の質問が突き刺
「なんと言えばよろしいでしょうか。大事な相棒であり………仕事
「………ああ。そうか仕事仲間か」
ポンと、手を叩いて「なるほどねえ」と呟いたモクマの明るい表情
「そ、そうです。まァ、それだけではありませんが……」
「お前さん、ショーの関係者だったのか」
「えェ、そうです。私はショーの………………………は?」
この男、今なんと言ったのか。
『ショー関係者』という斜め上の言葉に頭がガツンと殴られる。見
「だって、おじさんはショーマンだからね。ショーマンのモクマ」
忍者でも守り手でもない男は、明るく笑いながら相棒によく知って
どうやら記憶を無くしたモクマはチェズレイのことだけではなく、
入院中、彼に催眠を施してみたが、無意識なのだろう。腐っても忘
「あァ、モクマさん。あの看板に見覚えはありませんか? 最近映画化された作品なんですよ」
「んー、どれどれ……」
身体機能に何も異常がないモクマの退院許可が降りるのにそう時間
「ニンジャジャン………ヒーロー時代劇かあ! カッコいいじゃない」
「えェ、ヒーローショーとして子どもだけではなく、大人にも人気
ピタリ、とモクマは看板の前で足を止める。映画の続編の制作決定
「すごいねえ。演じる人はアクションが得意じゃなきゃ。おじさん
モクマが戯けながら、看板を真似してポーズをとる。人差し指を立
「今のあなたをみたら、きっとボスは悲しみますね……」
聞こえないぐらい小さな声で、小さく溜息と共に乗せた言葉をモク
「—————————ルーク………?」
チェズレイが俯いた顔を上げると、モクマと視線が合った。ニンジ
「あ、ビンゴ?」
「………っ、モクマさん……あなた記憶が」
「いや、なんか………ニンジャジャンを好きな人はどんな人かな〜
堰を切ったように話は止まらない。どうやら目論見は大当たりだ。
「フフ、懐かしいですねェ。怪盗殿のワル侍………なかなかいい演
「ああ、楽しかったね。あの時はアクシデントもあったけど………
「—————————え?」
懐かしそうに語ったモクマの記憶の蓋は唯一、チェズレイには閉ま
拍手と共に賛辞をもらう。欲しいのはそれではないと思いながら、
「ニコルズさんってばピアノお上手なんだねえ」
最後の手段も駄目だった。
相変わらずモクマはこちらのことを思い出さず、そのことに自分一
「………モクマさん、提案があります」
痺れを切らしたのはこちらの方だった。
ここから先、自分の使う方法は奥の手だ。出来れば使いたくなかっ
「………会わせたい人がいるのです。ここから少し遠いですが、私
———————ファントムなら、きっと。
「恐らく、あなたの記憶を戻す手がかりが掴めると………」
「———————『チェズレイ』、それだけはやめてくれ」
ナデシコに連絡を取ろうと端末に触れた手を、モクマが掴んで阻み
「モクマさん、あなた」
「あれ、俺なんで………ああ、ごめんごめん。突然、声荒げちゃっ
手を離しながら謝る彼との距離は近いまま、モクマは言葉を続けた
「あー、前にその人と喧嘩したりしたのかな。俺、その人に会いた
「………………そう、ですか」
声が張り付いて燻った言葉が喉に詰まる。
一瞬、握られたモクマの掌から悟ったのは身体の記憶。ファントム
なら、どうすればいいのだろう。どうすれば、モクマは自分を思い
押し黙って俯いたこちらを見ずに、男は独りで言葉を繰り返してい
「………『チェズレイ』………うん、チェズレイ。ああ、なんかこ
言葉の響きを確かめるように、何度も名前を繰り返しながらモクマ
「『チェズレイ』ってとっさに呼んじゃったけどさ、こう胸の中に
「……………1点。気づくのが遅い」
顔を少し上げて睨むと、嬉しそうに男は口角をさらに上げた。
「はは、やったね。はじめて点数が貰えた。おじさん頑張るから元
「これは………」
「綺麗だと思って詰んできたんだよね。ほら、記憶を戻す手伝いし
一輪、見覚えのある野草が差し出される。
白い花びらのついた可憐で素朴な花。
それはいつぞやのルークからのプレゼントをモクマが見繕ってくれ
「私のことを思い出さない癖に………まァ、悪くはありません、5
「おお、最高得点じゃない」
「甘いですよ。まだまだ及第点にも及びません。せいぜい精進して
「ええ、そんな………さっきと合わせても51点しか…………ない
「………モクマさん?」
肩を落として項垂れたモクマの顔が突然固まった。そして、先程と
「あ、…………ご、じゅう………いち………………、ごじゅういち
それは先ほどよりも重く、喉の奥底から声を絞り出すかのように響
「51………かい………から、………落ちて……、……………チェ
真っ直ぐに、こちらを射抜く鋭い視線。どこかへ揺蕩い離れていた
「—————————ぁ、モクマさ………」
遅くなってごめん、心配をかけてごめんと話すモクマの匂いが花の
「おかえりなさい、モクマさん。なかなかどうして………あなたか
「ほんとごめんて。あー、次こういうことにならんよう催眠をかけ
「ご期待に添えず申し訳ありません。ですが、それは不要かと」
真面目な顔をしてこちらの瞳を覗き込むモクマに思わず口角が釣り
「だって、次は私を一番に思い出させてやる自信がありますから」