「こいのお味はいかほどかしら」
※本編後、ヴ前、くらいのイメージのパラレル時空を想定しています。
ミカグラ島の一件から一月程経ったある時期のことである。次なる征服計画のために、某国へとモクマとチェズレイは移動していた。
空港に着き、地元のレンタカーを借り、セーフハウスでの滞在用に買い物をする手筈だった。4人乗りの、少しだけ大きな車を借りて、モクマは運転席へとその腰を下ろす。
助手席でタブレットを触る横顔を、モクマはちらりと見やる。2人が車で移動する時に、モクマが運転するのがいつのまにやら当たり前になっていた。
器用なチェズレイの事、運転ができないということはないだろう。しかし、その身を任せてくれているという事が嬉しかった。
何件か買い物に寄り、大体の目ぼしいものは買ったはずだ。
「チェズレイ、次はどこに行けばいいかい?」
「そうですね、二つ後の信号を右に……そのあと道沿いにある店に行きましょう」
「あいよー」
指示通りに、二つあとの信号を右に曲がる。小さめの店がいくつか並ぶ通りに出た。
「すぐ近くの駐車場に停めてください」
「ほいほいっと」
車を停めて、降りる。チェズレイが助手席のドアを閉めたのを確認して、ロックをかける。
「お前さん、ここでは何買うの?」
「お気に入りの豆を、あと、評判のよい焼き菓子の店があります」
「へぇ、いいねぇ」
悪党だって、ゆっくりお茶やお菓子を楽しむのだ。可愛い買い物リストに心の中だけで少し笑ったのだった。
♡
「は〜、買ったねぇ〜」
両腕で大きな買い物袋を抱えて、2人はまた車へと戻った。後部座席に中身が出ないよう袋を置いて、それぞれが運転席と助手席に座る。
「ええ、まさか、新作が出ているとは思いませんでした」
想定よりも大きくなった袋を見て、クス、と小さくチェズレイが笑う。
「それでは、私たちの家に行きましょう。この通りを抜けて、大きな曲がり角で左に出てください」
「ほいよ〜」
車のキーを回して、エンジンをふかす。周囲の様子を確認して発進した。
少し進んだくらいで、チェズレイが口を開いた。
「モクマさん」
「何だい」
「先程の店の隣、レモネードの店があったのを覚えていますか?」
「あー、うん。アレ、もしかして、飲みたかった?」
チェズレイの言葉に少しだけ、記憶を辿る。焼き菓子を売ってる店の隣だ。小さな店が並ぶ中でもさらに小さい店だった。おおきなタペストリーがあったのを覚えている。
「いえ、別に。私が興味あったのは謳い文句の方です」
「謳い文句?」
ちらりと横を見やると、わずかに目元を緩めているような気がする。…気がするだけかもしれないけど。モクマには、大きなタペストリーには何が書いてあったかは、思い出せない。
「おじさん、覚えてないなぁ」
「ふふ……『はじめてのキスの味を、何度でも』と、書いてありましたよ」
「っ……!」
いつもの、キュルンとうら若い乙女なフリをすればよかった。グ、と黙り込んでしまった。進行方向を向いたまま、動けなくなってしまった。
思考が頭を疾走する。なして今この話をするんだ。チェズレイはもうとっくに済ませていて、その思い出話を始めるのか。はたまた、大切にとってあるみたいな話が始まるのか。……もし、済んでいたとするなら相手はいったい…!?いやでも、チェズレイくらいの美人さんなら成人する前にとっくに済ませているのかも知れない…。
「モクマさァん?」
相棒の声がして、気がついたときには、顎を掴まれて、唇に柔らかい感触がした。
それは一瞬で、おそらく1秒にも満たなかったが、忍者のカタい理性を崩壊させるのに充分だった。
「…なっ、なななななな、なっにを!おま、お前さん!!」
慌てて、道の脇に車を急停車させる。ハザードランプをつけた。
「おやァ、リズムをそんなに乱して……ふふっ?」
「チェズレイ!おじさん、運転中なんだけど!」
「はい♡もちろん、承知の上です……ところで、お味はどうでした?」
長く美しい白い指をとん、と唇の上に置く。
「私の、ファーストキスのお味、は」
「……」
してやられた。バクバクと心臓の鼓動が、全身に駆け巡る感覚だ。しかし。
「……ん〜〜、おじさん、歳だからかよくわかんなかったナァ〜〜」
今度は、こちらの番だ。手首掴んで、強引に体を引き寄せる。
「もうちょっと、ゆっくり、キスしてくれる?」
もはや、レモンの味ではないだろう。でも、これでいい。
今度こそ、「恋」の味がするはずだ。