「どうなさいましたか」
しっかり目を合わせて正面から問われ、モクマはどぎまぎと羽織の裾を払ってみたり、引き上げたりした。相手は急かすこともなく、じっと黙って待っている。
うぅ。口の中で唸って、仕方なく居住まいを正した。
「目がチカチカする」
「チカチカする」
「それから、動悸もして」
「動悸」
「なんか、落ち着かない気分が続いてる」
「なるほど」
視界の上の方で、足が組み変わる。床を見つめ続けていれば、自然と背も丸くなっていて、声は頭上から降ってきた。
「長い間、ディズプレイを見続けるようなことは?」
「見ないことはないが、一般の人よりずっと短いと思いマス」
舌を噛むように丁寧な言葉が転がり出たが、妙な口調の変わり方に反応はなく、考え込むような嘆息があったばかりだった。
「動悸はどのようなときに起こりますか?」
「えっ……えー、と……」
「たとえば、階段を上ったときや走ったときなど、運動時には起こりませんか?」
「そういうのは全然、問題ないな」
「それでは、安静時に?」
「……まぁ、そう。普通の生活してるときに、その、ふいに」
「落ち着かない気分、というのも、動悸と共に起こるのですか?」
「うん、ソウデス」
視線は随分、自らの足元に近づいていて、ほとんど半分に折り畳んだように座っている。流石に腰が痛み出して俯いたままゆっくり体を起こすと、深刻そうな色を纏ってモクマの名が呼ばれた。
「不安などからくる心身症かもしれません。いわゆるストレス」
「ス、ストレス……」
「今まで気付かなくて申し訳ありませんでした。雇用主として見逃してはならないことだ。至らぬ私をお許しください。モクマさん、どうぞ正直に、不安ごとを教えてくださいませんか。私に言いにくいことでしたら、カウンセラーの紹介もできますが……」
できれば、あなたの口から直接聞きたい。
そのようなニュアンスを残して、相手、雇用主、そして相棒のチェズレイは、口をつぐんでしまった。
モクマは頭を抱えかけ、いやこれ以上心配させてどうすると思い留まった。チェズレイの綺麗な紫色の瞳は全く真剣で、揶揄う様子など微塵もなく、どころか生涯を共にすると約束した相棒の体調を案じてしかいない。
どうしよう。もう百回目にもなろうかという言葉を胸の内で呟いた。目がチカチカするのも、動悸がするのも、落ち着かない気分になるのも、お前が――チェズレイがいるからだ。
病気。確かに心当たりが一切なければ、そう見えるのかもしれない。ストレスという見方もあながち間違いじゃない。良いことも悪いことも、変化というものは全てストレスとなる。
だからって、この仕打ちはないのでは。成就を望んでいないと言えば嘘になるが、こんな形で本心を抉られることもないだろう。
そうしてモクマが悩んでいる間に、組んだ足がもう一度組み替えられた。
「カウンセラーに連絡を取りますので、お待ちください」
静かな声だった。聞いたこともないほどの悲しさを帯びた声色にハッと顔を上げる。
チェズレイは睫毛を伏せ、淡々とタブレットをタップしていた。通話ボタンを選ぼうとする、まさにその手をはっしと捕まえる。
驚いて丸くなった目は瞬く間に普段通りの涼しさを取り戻す。立ち上がったモクマを見上げる睫毛の根元が微かに濡れていた。
あぁ、目がチカチカする。傷ついただろうに真っ直ぐ視線を逸らさないその矜持が眩しくてたまらない。見つめられると動悸がする。毎日丁寧に手入れするなめらかな肌に落ち着かなくなる。
ビルを飛び渡っても乱れない呼吸を乱し、モクマはついに乾き切った口を開いた。
「病気じゃ、ないんだ。だから、チェズレイのせいでも……いや、お前のせい、なのかな」
「無理におっしゃっていただかなくても。人を手配しますから」
「それじゃだめなんだよ!」
突然の大声に、チェズレイの肩が揺れる。
感情のままに振る舞ってしまったことを後悔しながらも、謝る余裕さえなく、出来るだけ優しく白い肌の手をとった。
「聞いて、くれ、チェズレイ」
「はい」
ぎゅっと目を瞑る。大きく深呼吸して瞼を押し上げるとすぐに、真摯な眼差しと交差した。
目に沁みるほど眩しい。心臓は銅鑼のように大きく鳴っている。すぐにでも駆け出してしまいそう。
でも今は全部堪えて。
「俺、チェズレイに――」