こんな夢を見た。
モクマは一人、まっすぐな太い道の上を歩いていた。辺りを見渡したが他には人工物も自然物も何も無く、うすぼやけた地平線が彼方に広がっているだけだ。雪原のような雲の中のような、ただひたすらに白い世界の中で、どこまでも続く道だけが自分をこの場所に繋ぎとめている。
ぼんやりと歩き続けていると、そのうちに道の先に人影が見えた。一人は濃紺に花柄が舞い散るロングドレスを身にまとい、肩にひっかけたファー付きのコートを優雅にはためかせる女性。もう一人は一つの皺もない紫のスーツをきっちりと着込み、腰まで伸びた金髪が美しいすらりと背の高い男性。二人は並んで、自分と同じ方角へゆっくり歩を進めている。
ナデシコちゃん、チェズレイ、とモクマは声をかけるが、それに応える様子はない。追いつこうと足を速めるが、どれだけ足を動かしても穏やかな様子で語り合う二人との距離はなぜか一向に縮まらなかった。
焦りと困惑を抱えながら背中を追うと、先の方で道が行き止まり、二股に分かれていることに気がついた。片方は右へ、もう片方は左へ。別れた道は太さを変えず、更に遠くへ、先がかき消えてしまうくらい遠くへ延びている。
その分岐点で、ナデシコとチェズレイは足を止めた。それから一瞬互いを見合ったかと思うと、ナデシコは右へ、チェズレイは左へと一歩を踏み出す。そのまま一度も振り返ることなく、二人はどんどん離れていった。
モクマも慌てて丁字路へ駆け寄り、左右に首を振る。右の道に目をやれば、ナデシコの周りにはゴンゾウやコテツ、スイといったミカグラ島の仲間が集まり、肩を並べてわいわいと賑やかに旅をしている。一方左の道ではチェズレイが一人、視線を上げて背筋を伸ばし、まるでランウェイを歩いているかのように堂々と歩んでいた。
どちらに行くべきか躊躇していると、モクマ、と急に自分を呼ぶ声がした。そちらを見やれば、今まで一顧だにしなかったナデシコが足を止め、前を行く仲間に背を向けて自分に微笑みかけている。
どうした、早く来い。呼びかける彼女に、モクマは戸惑いながらも頷き、右の道へ足を出す。
そのとき、ふわりと背後から風が吹き、草と土の匂いが鼻をくすぐった。
上げかけた足が空中で止まる。頭のどこかで、道が違うと誰かが叫ぶ。考えた末に足を下ろし、モクマは後ろを振り返った。
視線の先では、先ほどと同じくチェズレイが独りで道の真ん中を歩いていた。遠ざかるその背中はだんだんと小さく、掻き消えそうなほどに姿が薄くなってゆく。
モクマ、と再度ナデシコが名前を呼ぶ。モクマは唇を噛みしめ、ごめん、と小さく呟いた。
そしてくるりと踵を返し、遠ざかる紫の背中に向かって駆け出した。
「チェズレイ!」
名を呼び、距離を縮め、手を伸ばして腕を掴む。やっとこちらを向き、大きく見開かれたアメジストの瞳には、寂しさの色の名残があった。
「俺が捕まえたかったのは彼だったのか」と、この時初めて気がついた。