No.17 大好きだよ

(好き)
バキッ。
(大好き)
ガッ。ドッ。
(好き)
ズシャッ。
(大好き)
ドカッ。パキッ。
わらわらと出てくる敵を使い慣れた杖でなぎ払い、急所を狙いのしていく。杖片手に私は敵の無駄にデカイ建物の中を突き進んでいた。幸い今の所敵は下っ端しかおらず一対一でしか遭遇していない。物騒な進軍の中、花びらの代わりに、現れた敵で想い人の気持ちを占う私は、ただただ恋に溺れる哀れな人間だ。恋は片想いが楽しいと言う者もいれば、叶わないと苦しいと嘆く者もいる。かく言う私は恋にハマって数ヶ月、楽しんでいる部類に入るだろう。おそらくその恋する相手──モクマさんも私のことを嫌ってはいない。私の人生に関わらずにはいられないと言っていたのだ、少なくとも友人以上の感情はある……はずなのだが、心理操作に長けた仮面の詐欺師も「恋」に至ってはまだまだ未知の領域だった。
私の中でじわじわと積み重なった恋心。ようやくそれと向き合えたのは、かつて母と暮らした思い出の地、大きな白樺のそばでモクマさんに言葉をもらってからだった。
夫の愛を失くし濁ってしまった母、私を殺しきれず自死を選ぶほど追い詰められた母の姿を忘れてはいけない。母は私のせいで命を落とした。私は母の枷なのだと思っていた。唯一心を許した母からも愛されない。だから私は誰からも愛されることはないと心深く己でも気づかない奥底でそう思い込んでいた。
母の手紙を見た時も、母の私への想いを言葉通り素直に受け入れられなかった。
──君の人生は、愛することだった。その愛情を、未来につなぐことだった
モクマさんが言ってくれた都合のいい言葉。わかっていながら信じたくって、私に注がれたのが呪いだけではなく、ちゃんと愛もあるならば、受け取らなければ、そして私も誰かに、未来につなげたい。そう思えるようになっていた。
私は、愛してもいい、愛されてもいいのだ。
トクントクン。
モクマさんの姿で、言葉で、私の胸は騒がしく命を燃やす。かつてオフィス・ナデシコで聞いた言葉も、マイカでくれた言葉たちも、全部私の大事な宝物。
しがらみをなくした私の恋は、どんなドーピングにも増さる増強剤だった。モクマさんと過ごす日々が、世界征服の道のりがより明るく見える。あァ、このまま、どこまででも突き進める。敵の策略も計画外のピンチも程よい人生のスパイスだ。
運悪く敵が用心を強め仕掛けた罠にかかってしまっても、この先でモクマさんと会えるならどうということはない。合流地点まであと少し、現れる敵は徐々にペースを落としていた。
(大好き)
ダンッ。ドッ。
(好き)
ガッ。
(大好き……!)
ザッ。ドシャッ。
目的地に着いた。モクマさんはまだ到着していない。先に敵組織の情報収集を行う。いかにも業突張りが好きそうな大理石の重厚なデスクの上に、閉じられたPCが置いてあった。事前に調査済みのパスワードで開き、データをUSBメモリへ移す。
「テメェ! 何してやがる…….!」
足音が近づいているとは思っていたが、そこには新たに敵の姿が一人。ドアを開けた先に見慣れぬ私の姿を見つけ、臨戦態勢でまっすぐ近づいてくる。片手にサバイバルナイフ、距離は5m。モクマさんは間に合わなかった。つまりモクマさんは私のことは好きだけれど、大好きと言う程ではない。
(あァ、残念だァ……)
当てにならない占いに一喜一憂するのも片想いの醍醐味。目の前に迫る敵に杖を構え『好き』とカウントしかけたその時、
「がっ……!」
「ごめんごめん、お待たせ」
音もなく現れたモクマさんは敵の背後から鎖を素早く首へからませ、軽々と床へ引き倒した。
「モクマさァん……」
ダクトを通って天井から現れたのだろう。さしもの敵も目の前の私に気を取られ、頭上には注意を払えていなかった。相変わらずの早業に私の心は容易にたかぶってしまう。
私もあなたに引き倒されたい。そこが硬い地面の上でも柔らかい寝床の上でも私は許してしまうのだろう。それくらい、私はモクマさんに夢中だ。けれど、モクマさんの気持ちがわからない以上、あまりあからさまに面には出せない。あくまでモクマさんの恋愛対象は女性で、私に恋愛感情を抱いている可能性は低いのだから。
「あれ? また見たことない顔してるねえ。遅くなったこと怒ってる?」
私の胸がキュンキュン疼いていることにも気づかず、申し訳なさそうに機嫌を伺うモクマさんに笑みがこぼれる。
「フ……その件はまた後ほど。データも抜き取れましたし、ずらかるとしましょう」
元来た道をたどり、外へ出る。のした敵はしばらく気絶したままだろう。目覚めた時、この建物は警察によって調べられているとも知らずに。
「で、次の目的地は?」
「近々、この組織の大元が政治献金パーティに参加するのだとか。そちらに潜入して繋がりを洗いましょう」
「じゃあ、それまでの準備がいるねえ。俺にできることは?」
「いつも通りに」
「了解」
帰路で次の作戦に勤しむ。私たちの日常会話はほんの少し一般的とは言えない。1を言えば8わかるふたりでも、正しく10わかるために会話が必要だと知った。10わからなくても問題はなかったけれど、恋を受け入れてからは10教えてもらえることの喜びも知った。だから、いつか私の気持ちを知ってください。あなたの気持ちも教えてもらいたいので。
「ねェ、モクマさん。大好きですよ」